2015年02月06日

20年前の寄稿文





受験シーズン真っ盛りですね。我が家はまだまだ先の話ですが。

今日は、引っ張り出してきた小冊子のお話です。

私も娘も、初めての受験は中学受験でした。同窓です。


《母から娘へ》

アルバムを開くと同じ制服を着た顔だちも似通った女の子の二枚の写真

短い髪の子は古ぼけて黄ばみスカート丈もかなり長く

三つ編みの女の子はスカートは膝丈で。

そう、私と娘の学生時代の写真です。

あの頃の私は、目じりの皺を気にする年齢になることなど想像もつかず

ポツンとできたニキビに悩む女学生でした。

そんな私も母になり、娘の入学試験に付き添い面接を受けることになりました。

もちろん11歳の娘の母として、毅然とした態度で臨むつもりで・・・

ところが教室へ一歩入り、見覚えのある顔を目にした途端

一瞬にして20年もの年月を遡り、女学生の私に戻ってしまったのです。

まるでドラえもんのタイムマシンに飛び乗ってしまったように。

事前に面接の心得や、頭に叩き込んだはずの質問例も

鏡の前で練習した穏やかな母の笑顔さえもすっかり消え去ってしまいました。


思い出したくもないそんな失敗も、入学式の喜びに消し去られ

娘の初めての参観会、私は御父兄様です、と言う顔で気取って歩いていると

昔と変わらぬ特徴のある歩き方の先生がやってきて、大きな声で

「おお、まるみ!娘はどのクラブに入ったんだ!」と声をかけられました。

思わず 「はい、バスケットです」

と答えた私は御父兄様の声ではありませんでした。 face07

廊下を、運動靴の上履きではなく、お客様や御父兄の特権である

スリッパを履いて歩いていた私がですよ。

先生にとっても私はいくつになっても教え子なんですね。


またある時は、忘れたお弁当を届けた時、週番で立たれていた先生に

「なんだ、忘れものか! 娘おっちょこちょいだなぁ」と言われました。

娘も、のにこだわった私は、友人たちに大笑いされてしまったものです。


・・・中略・・・


まるみが学生の頃はこうだった、ああだったと先生方が公に発表できる場がない事をいいことに

この場で宣言します。

私は模範的な○○院生でした emoji01

母を先輩として慕う娘のためにそういう事にしておいてください。

くれぐれも当時の成績表を娘に見せたりしないでください。

自称オール10の輝かしい成績表は我が家の金庫の奥に

二度と陽の目を見ることなく、静かに眠らせてあるのですから。

まるみ家の幻の伝説として・・・

母の会 平成7年 まるみ



多少、学校名や、特定の文章は省略しましたが

殆どそのままです。

学院の母の会で発行している小冊子に寄せた、20年前の私の寄稿です。

若かりし頃(37,8歳頃)、同窓となった娘の母親として書いてみました。

キリストの教えの学院ですので、他の御父兄の寄稿文はご立派で・・・

出来上がってきた冊子を見て初めて皆様の文を読み

私、空気読んでなかった?と、苦笑い face07

若気の至り・・・か。



  


Posted by まるみ at 22:38Comments(4)あれこれ