2016年09月14日

麗老

母の三回目の和歌山行き、5日目になりました。

一足先に帰ってきた私ですが、田舎の事で病院の往復も移動は全てタクシー

大型スーパーもまぁまぁの距離にあるのですが84歳の母には歩ける距離ではありません。

私がいるときは買い物も歩いて行ったのですが・・・・

今日は宅配便で食料を送りました。

明日はお月見、お饅頭も送りました。伯母さんと食べてね。face02


伯父は先月15日に初めてお見舞いに行った時は私たちの顔もわかり、会話もできました。

二回目、母だけ8月22日から28日まで一週間行った時もまだ会話ができました。

三回目、10日に行った時、たった二週間でこんなに変わってしまうのかと言うくらい・・・・

母の顔も伯母の顔も、私の顔も思い出せず、窓の外を見ています。

何かをお話するのですが、声も小さいし内容もあまりわかりません。

食事は介助が必要になっていましたが、とても綺麗に食べ、清潔感は失われていません。

身ぎれいにしていますし、騒いだりもしません。病んでいても麗老な姿。

私も静岡に帰る前夜、伯父の食事を介助しました。

スプーンでゆっくり食べてもらいました。

真面目な伯父が、時々見せる微笑みは、こんな笑顔を見せる人だったんだ、と驚きました。

誰か、分かっていませんがじっと私の顔を見つめて

「ありがとうございます」「頑張ってください」と繰り返していうのです。

「私も頑張るから伯父さんも頑張ってね」と声をかけると

「頑張れと言われても私はもう年ですから・・・・」

意思が混濁しているのでしょが、それでも伯父の言葉は心からのものではないだろうか

と、思うのです。

誰に話しているかわかりませんが

「ありがとうございます」「いろいろありますが頑張ってください」とは伯父のメッセージだと。

8月には一人で待つ伯母の事が気になって、自分の病気を情けないと言っていた伯父

それでも気丈に、春までには全ての書類や後見人、遺書の作成きちんと済ませてあった伯父

今はそれさえも思い悩む感情もうせ、なんの心配事も無くなっている伯父

あんなに、伯母の事を心配していたのに、それも受け入れ(記憶を失い)

ある意味では、気持ちが楽になったでしょう。


もうすぐ敬老の日です。

母は今までも兄妹のお見舞いは、たとえただ寝ているだけの人でも、欠かしませんでした。

会話もできない人でも何度も通いました。

でも、今回は静岡県ではなく和歌山です。遠いです。

費用も時間も体力も負担は大きいでしょう。前回の和歌山で膝を痛めているのに

それでもそばにいてあげたいのでしょう。







5日ぶりに実家へ行くと、スーパーの袋をぶらさげて父が帰ってきました。

「明日はお月見だから、お団子買ってきた」と、スーパーの和菓子をお供えしていました。

それぞれ各家庭、状況は違いますからそれが悪いとかいいとか言えませんが・・・・

私と姉でフォローしなくちゃ。

(私と姉しかいないのかなぁ・・・・)









  


Posted by まるみ at 21:45Comments(0)あれこれ